トム・ニコルズ「専門知は,もういらないのか 無知礼賛と民主主義」感想
本の内容の大筋と感想メモ.
- 作者: トム・ニコルズ,高里ひろ
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 2019/07/11
- メディア: 単行本
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タイトル煽ってますね...このタイトルだと著者が期待している層(無知礼賛層)にはなかなか届きにくい気がします...本の中で心配されている「積極的に間違っている市民」の人々の存在を心配する専門家にしか響かないような気もします...
ざっくり内容についてですが,背表紙の煽り文句から抜粋すると,
...ゆがんだ平等意識,民主主義のはき違え,自分の願望や信念に従う情報だけを集める「確証バイアス」,都合の悪い事実をフェイクと呼び,ネット検索に基づく首長と専門家の見識を同じ土俵に乗せる...
とあります.著者は国家安全保障に関する研究をしています.そうした専門家たる著者が,指導する大学生とのやりとりや,一般の人々があらゆるトピックに関して行っている議論のあり方を見て,人々が
専門知識に敬意を払わず, すべての意見は平等に扱われるべきで, 自分の信念に基づく情報ののみを集めることで"積極的に間違える"ようになってきていることについて危惧し,専門家と人々との関わり方について議論している本になっています. トランプ大統領やBrexitあたりから議論されるようになったポピュリズムの台頭に関連して,人々がどのように情報を得て,議論するようになってきているのか.専門家との関係性がどう変化してきているのかについて,ラジオの時代からテレビの時代,インターネットの現代を通して説明をしていました.
先日ネットフリックスのグレートハック
を見て,自分が自分のfeedに出てきた記事からmanipulateされていない自信がないと感じたのですが,グレートハックを見た後でこの本を読むと,自分の信念を支持するような情報のみを集めるようになる「確証バイアス」に陥ってない自信がさらになくなってきました.
グレートハックでは,「データ解析に基づいて,ある意見の方向になるようにその人のfacebookのfeedに記事を与えてあげればその意見を支持するようになる」ことに基づき,Brexit(とトランプ大統領)においてCambridge Analyticaが行ったスキャンダルを取り上げていましたが,このCambridge Analyticaのデータ分析による政治介入が成功した背景には,この本で述べられている「専門知に対する敬意の低下」と「(すべての意見は等しく扱われるべきという)歪んだ平等意識」,「認知バイアスに基づく情報収集」があると思います.
著者の議論している「専門知の軽視」の原因として挙げられてるものの中で,自分にも心当たりがある点を以下にメモします.
アメリカの大学生のお客様化
- 大学は自分のバカさを自覚するところなのに,やたら自尊心を子供に育てあげまくった結果,「教員が得てきた知識に敬意を払えなく,誰の意見も等しく扱われるべきだと主張し,自分が先生と対等であると勘違いしている学生」(辛辣w)が増えた.
上記の理由としては,
大学に行く人が増え,教育(大学)を商品としてみる学生が増えた結果,学生がお客さん化している.
皆が,授業を「修了」するだけで,専門を身に着けられない.皆が授業で成績Aをとる ↓
...たとえば2013年のハーヴァード大学でもっとも多く与えられた成績はオールAだ.イェール大学では全成績の60パーセント以上が「A」または「Aマイナス」だった......デフォルトの成績は....「及第点のA」になり,優れた成績の褒美としてではなく科目を終了した権利として与えられる.....
(余談ですが,まじで悲しいと思うのが,東大の法学部の人とか学部によっては成績の基準がめちゃくちゃ厳しくて,GPAが非常に悪くて困ることがよくあるみたいなんですけど,そりゃこういう成績の付け方でGPAをとってる人たちと比べられたら困るわ...と思わざるを得ません....)
- クリティカルシンキングをする人間ではなくてうるさい消費者に学生がなってきている
感情 >> 合理性・事実
自分の考えはすべて表現してよく,個々人の気持ちは全て大切に守られる文化に育ってきたため,個々人の気持ちに基づく学生活動によって,学問の自由が抑圧されることが起きている(ex.過度なポリティカルコレクトネス)
他人の意見に耳を傾けられず,理性に基づいた議論ができなくなってきる.
なぜ人々は専門知への敬意が低下しているのか
誰の意見も等しく扱うべきという歪んだ平等意識が,専門家と自分の意見を等しく扱うべきという考えにつながっている
ときに大衆が正しく専門家が間違っているという一つの事象が,専門家が言うことをすべて聞かないという行動に.確かに,過去に専門家が主張していたことが後になって誤りだった事象は多く存在するが,偽医者と 医者が医療行為を行った際のミスの確率は後者のほうが圧倒的に低い.大衆(集合知)が物事をうまく当てることができる場合もあるが,複雑なことには当てはまらない.
人々の「認知バイアス」に基づく情報収集: 自分の信念にあう情報のみを集めさらにその信念を強化.
絶え間ないニュースと双方向放送が自分よりも専門家よりも詳しいと思わせる
知識の欠如に対する無知(ex. トランプ)
メディアと人々
- メディアを信用しないアメリカ人(ただし,自分の信念に近いメディアは信用する)
専門家側が考えるべきこと
専門家は選挙では選ばれていなくて,専門家が提案したものを最終的に選挙で選ばれた政治家が決定を下す
専門家は民主主義と共和制の僕
専門家は一般の人よりも専門の事象について間違いにくいが,専門から少し外れた分野では,普通の人と同じくらい間違う可能性がある
専門家は自明に思える助言さえも必ずしも受け入れられるわけではないと納得する必要がある
ニュースをみるときに気を付けること
より謙虚に,バランスよく(自分と異なる意見のニュースもみる),冷笑主義を抑える,情報を選ぶ
民主主義の主人たる市民は自ら学び,専門家を信頼しなければならない
専門家は同業で集まって市民との対話を放棄するようになってきてしまったけど辛抱強くね,って言ってるのかなって思いました笑
サイエンスコミュニケーションもそんな話してたなぁ