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「夜と霧」

中学生のときに「アンネの日記」を読んで以来はじめて,強制収容所関連の書籍を読みました.

「夜と霧」は精神科医であったヴィクトール・E・フランクル強制収容所で過ごした体験を描写しながら,強制収容所の被収容者の心理がどのように変化していたのかについて述べたものです.もっと固い文章だと思っていたのですが,新訳のほうはとても読みやすくすらすらと読めました.

夜と霧 新版

夜と霧 新版

収容所での生活が人々にどのような影響を与えるのか,どういう人々が,最後まで絶望せず未来を向いて生き抜くことができたのか.

アウシュビッツ強制収容所ではなく,小規模の支所収容所における体験について書かれています.知らなかったのですが,アウシュビッツのような大規模強制収容所よりも,小規模の強制収容所のほうが『絶滅収容所』だったそうです.

以下残しておきたい箇所について,まとめました.()つきは,その節の要約について言及しています.文そのままのときは引用です.

収容所での生き残り

収容者の中から一部の『適正』があるものが「カポー」として選ばれてほかの収容者を監視していた.時にカポーはナチス親衛隊(SS)や収容所監視兵よりも暴力的であった.(知られざる強制収容所

カポーは劣悪なものから選ばれた. 残った被収容者は生存競争の中で両親を失い,暴力も物を盗むことも平気になった.そうでないと生き残れなかった.「いい人は帰ってこなかった」(上からの選抜と下からの選抜)

収容所での経験を語ることについて

...当事者たちがよく言うのを耳にする. 「経験など語りたくない.収容所にいた人には説明するまでもないし,収容所にいたことのない人には,わかってもらえるように話すなど,とうてい無理だからだ.私たちがどんな気持ちでいたかも,今どんな気持ちでいるかも」(被収容者-19104の報告-心理学的試み)

心理学は学問的な距離をとれというが,体験したものがその体験による心理学的な考察を距離をとって語ることはできない.距離が近すぎる.一方で部外者は距離をとりすぎており,妥当なことを言える立場にない.そのため,この本で彼は彼の収容所での経験を客観的な理論へと結晶させるのではない.彼が収容者に入れられる数十年前から知られている拘禁に関する心理学や精神病理学の研究に基づいて,収容所での経験を語ることを目的としている.(被収容者-19104の報告-心理学的試み)

収容生活への被収容者の心の反応は三段階に分けられる 1. 収容される段階 2. まさに収容所生活そのものの段階 3. 収容所から出所ないし解放の段階

第一段階: 収容直後の人々の反応

恩赦妄想

恩赦妄想とは,死刑を宣告されたものが処罰の直前に土壇場で自分は恩赦されるのだと空想しはじめる,精神医学における病像のことである.アウシュビッツへ送られた被収容者たちは,収容所についたときにどうようの空想をはじめる.目の前の状況をよいように解釈し,希望にしがみつき,事態はそんんあい悪くないだろうと思い込むのである.親衛隊員がやけに親切にみえたり,すでにいる被収容者たちの血色がいいような気がする,などと希望をもってしまうのである.

(被収容者は駅に着いた瞬間から選別が始まり,門で左右に振り分けられた.先は異なる「入浴施設」で一方は焼却炉でそちらに送られた人々はすぐさま殺された)

ユーモアと好奇心

しばらくすると希望という幻想も潰えていく.次第にやけくそのお冗談をいうようになる.

わたしたちはもう,みっともない裸の裸のほかには失うものは何もないことを知っていた.早くもシャワーの水がふりそそいでいるあいだに,程度の差こそあれ冗談を,とにかく自分では冗談のつもりのことを言い合い,まずは自分自身を,ひいてはおたがいを笑い飛ばそうと躍起になった.なぜなら,もう一度言うが,シャワーノズルからはほんとうに水が出たのだ....!

(逆の「入浴施設」ではシャワーではなく焼却炉だったので)

また,好奇心も心を占めた.生命がただならぬ状態におかれたときにオコkる好奇心である.

鉄条網に走る

鉄条網に走るというのは,収容所ならではの自殺方法である. 体が弱いと判断された者はガス室送りされる.

異常への反応

「特定のことに直面しても分別を失わない者は,そもそも失うべき分別をもっていないのだ」

異常な状況では異常な反応を示すのが正常である.強制収容所の被収容者の反応も異常な精神状態を示しているが,それ自体は正常な反応である.

第二段階:

感情の消滅

第二段階の主のあ徴候は感情の消滅である. 内面の冷淡さと無関心.これらの不感無覚は,日常的な暴力や暴言,理不尽があるなかで,被収容者にとっての盾. それはただひたすら命を維持することに集中するためであった.(魂の自己防衛のメカニズム) 肉体的な要因も原因となっていた.空腹と睡眠不足である.そしてニコチンとカフェインもなかった.そのため感情の消滅に拍車がかかった.

「退行」

収容所における人間の精神生活が幼児並みになってしまうことがあった.

性欲

栄養不良によって性欲はきれいさっぱりなくなった.男だらけの集団生活の場では,兵舎などとことなりホモセクシャル行為はなかった.性的な夢も見なかった.

非情

生命を維持すること以外に関心を持たなくなったので,非情な判断をする人が多かった.あらゆる精神的な問題は影を潜めて,あらゆる高次の関心は引っ込んだ.(政治・宗教への関心を除く)

内面への逃避

繊細な人のほうが耐えた.

またフランクルは,妻のことを想うことで辛い現実に耐えていた.妻と対話をしていた.

愛により,愛の中に救われる.人はこの世にもはや何も残されていなくても,心の奥底で愛する人の面影に思いを凝らせば,ほんのいっときにせよ至福の境地になれる....

(実際には収容所にいる間に妻はなくなっていた)

精神の自由

収容所にあてもなお,通りすがりの人に思いやりの言葉をかけ,パンを譲る人々がいた.

人間はひとりひとり,このような状況にあってもなお,収容所に入れられた自分がどのような精神的存在になるのかについて何らかの決断を下せるのだ

私たちを取り巻くこのすべての苦しみや死に意味があるのか....もしも無意味だとしたら,収容所を生きしのぐことに意味などない.抜け出せるかどうかに意味がある生など,その意味は偶然の僥倖に左右されるわけで,そんな生はもともと生きるに値しない...

生きる意味

内的よりどころがあるかどうかで,未来への目的意識があるかどうかで,生死にかかわった. 生きる意味を問うてはならない.生きることとはつねにどんな状況でも意味がある.

第三期: 収容所からの解放

強度の離人症.すべては非現実で不確かで夢のように感じられ,にわかに信じられなくなる. 精神的な圧迫から急に解放された人間も,場合によっては精神の健康を損ねる.

不正を働く権利のある者などいない,たとえ不正を働かれた者であっても例外はないのだという当たり前の常識に,こうした人間を立ちもどらせるには時間がかかる